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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)63号 判決 1964年1月30日

日本蓄電池製造株式会社

右代表者代表取締役

矢野続蔵

右訴訟代理人弁理士

福光勉

被告

特許庁長官 佐橋滋

右指定代理人通商産業事務官

鈴木茂

主文

昭和三十二年抗告審判第七八一号事件について、特許庁が昭和三十三年十月八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

原告代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二  請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十九年四月二十七日、訴外横須賀誠治の発明にかかる「クラツド式極板」について特許を出願したところ(昭和二十九年特許願第八、五五一号事件)、審査官は拒絶すべき理由を発見しなかつたので、昭和三十年五月三十一日出願公告がなされた。しかるに訴外湯浅電池株式会社から特許異議の申立がなされ、訴外古河電池株式会社も、これに参加したところ、審査官は右異議の申立を理由ありとして、昭和三十二年三月二十九日拒絶査定をしたので、原告はこれに対し同年四月三十日抗告審判を請求したが(昭和三十二年抗告審判第七八一号事件)、特許庁は、昭和三十三年十月八日原告の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十五日原告に送達せられた。

二、原告の出願にかかる発明の要旨は、「作用物質の保護外被に、楕円形或は長方形類似の多孔性チユーブを用い、該チユーブ内に作用物質と、作用物質内に深く突入する複数の隆起襞を有する如き実表面積の大なる格子芯金とを収容することを特徴とするクラツド式極板」であり、右発明の構成要件は、

(1)  硝子繊維に合成樹脂を含浸させて整形固化した楕円形或は長方形類似の約六〇%の多孔度を有する多孔性チユーブを使用して、作用物質の保存量を増加し、極板容量の増大をはかつたこと、

(2)  扁平状の格子芯金に設けた複数の隆起襞を、前記チユーブの内壁に均等に接近するように作用物質内に突入して埋没させ、作用物質と格子芯金の接触抵抗の減少をはかり、又チユーブ内における作用物質各部の電気化学反応を均等に、かつ能率的に促進して、大電流出力を出し得る大容量の蓄電池極板を構成したこと、

(3)  扁平状の格子芯金を複数の隆起襞により極板製造時における機械的衝撃によく耐えしめ、振動充填機による作用物質の充填操作を容易ならしめたこと、

(4)  蓄電池極板の作動時における作用物質の膨脹収縮による不均等な圧力に対して、格子芯金が大きな抵抗力を持ち作用物質との接触を常に良好な状態に維持するようにしたことの四点で、右は特許明細書に記載してあるとおりである。

三、審決は、本件発明の構成要件を分析して、(1)クラツドチユーブを楕円形又は長方形類似の多孔性チユーブとしたこと、(2)複数の隆起襞を設けた格子芯金をチユーブ内壁に略均等に近接するように作用物質内に埋没して設けたことの二点に帰するものと認定した上、楕円形又はこれと類似な構造のものが、円形のものに比べて必ずしも容積が大となるとは限らず、表面積が同一の場合はむしろこの逆が真であると考えるのを相当とするから、(1)の目的の意図するところは、楕円形又はこれと類似のチユーブに充填した場合の方が、同一量の作用物質を円形のチユーブに充填した場合よりも、その利用率が高いことをいうものと解せられると認定し、この見解のもとに、作用物質の利用率を高めるためには、これを簿く広く配置する方が厚く狭くするより有効なことは、蓄電池極板構成上の技術において周知慣用の事実であるから、昭和三年実用新案出願公告第一、五九九号(以下第一引用例という)の鞘嚢の扁平な理由が、急激な充放電に耐えるよう作用物質の膨脹収縮を容易ならしめることが、その目的であるとしても、これは結果的には作用物質の利用率を高めるという本発明の目的と軌を一にするものであつて、両者の間に差異があるものとは認められない。次に(2)の目的について、格子芯金と作用物質との電気的接触をよくすることは、蓄電池極板構成上の周知慣用の技術であり、芯金に必要な機械的強度を保持させることも当然の手段に過ぎないから、本発明のように単に隆起襞を設けるという抽象的な観念に止まるものは、公知の思想から一歩も出るものでなく、そこに発明が存在するものとはなし難く、結局米国特許第一、三六三、七二九号(以下第二引用例という。)のグリツトが隆起襞により適当の強度を保ち、かつ電気接触を良好にする効果を有していることを考えれば、本発明の(2)の思想は、第二引用例に明確に表示しているものと認めざるを得ないものとし、結局原告の出願にかかる発明は、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の発明を構成しないものとしている。

四、しかしながら審決は、次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)、審決は、硝子繊維に合成樹脂を含浸した楕円形又は長方形類似の多孔性チユーブに作用物質を充填してクラツド式極板を構成することにより、極板の容量を増大し、かつチユーブ内における作用物質各部の電気化学反応を均等に、しかも能率的に促進して大電流出力を出し得る大容量の極板を構成するという本件発明の着想及び効果を無視している。

元来円形チユーブを用いた極板にあつては、チユーブ相互間の外周円弧部の間隙が有効に利用されないため、この種の円形チユーブを多数配列して組立てるクラツド式極板は、この利用されない空間が極板容量の二〇%以上にも及ぶものであることは、円形チユーブを二本並列した状態を一本の楕円形チユーブとなすことを想定すれば容易に理解されるものである。本発明はこの空間を有効に活用する手段として、特に極板の厚みに相当する短径をもつ楕円形又は長方形類似のチユーブを配列して構成したもので、明らかに円形のチユーブに比べ作用物質の保有量を少くとも二〇%増加せしめ得るものである。従来クラツド式極板に使用される格子芯金は断面が円形で、これを作用物質と共にチユーブ内に収容した型式の極板は、作用物質と芯金の接触面積が小さく電気抵抗が大であるから、必然的に内部抵抗の大なる蓄電池となることを免れず、従つてこのような極板は、作用物質の利用率が小さく、大電流出力を出し得ない欠陥を有するものである。殊にチユーブが楕円形或は長方形類似の形状をもつものである場合、円形の格子芯金を用いると、前記した欠陥があるばかりでなく、楕円形チユーブの長径方向にある作用物質は、格子芯金より短径方向の作用物質に比べて遠く離れているため、極板の使用時における長径方向の作用物質の電気化学反応は、短径方向のものに比べて遅延し、チューブ内の作用物質の利用率を著しく低下せしめる。本発明は右の点に鑑み、扁平状格子芯金を設けた複数の隆起襞をチユーブ内襞に均等に接近するように作用物質内に突入して埋没させ、作用物質と格子芯金との接触抵抗を減少せしめるとともに、楕円形チユーブの長径方向及び短径方向の作用物質各部の電気化学反応を能率的に、しかも均等に促進して、大電流出力を出し得るクラツド式極板を構成したものである。審決はこのような作用効果を考慮することなく、作用物質の利用率を高めるために、チユーブを薄く広く配置する方が、厚く狭くするより有効であるという形式的な観念にとらわれ、蓄電池極板の技術特性上の必須条件たる作用物質量と内部抵抗の重要性を無視してなされたものであるから違法である。

(二)、第一引用例の鞘嚢の扁平な理由が、作用物質の利用率を高めるという本発明の目的と軌を一にするものであるとの審決の見解は事実を誤認している。

第一引用例の鞘嚢は、扁平管状のセルロイド製のもので、セルロイド固有の弾性により、作用物質の膨脹収縮に適応して管を破壊することなく原形に復する作用を有するものであり、また格子芯金は断面円形のもので、これを管の中央に収容し、水平に配列して極板を構成したものである。しかしてこのような構造のものは、極板の充放電に伴う作用物質の膨脹収縮に際し、セルロイド製の管が同時に膨脹収縮して管内の作用物質と芯金の接触を不安定ならしめ、また管内の横方向にある作用物質は、管の中央にある芯金から遠く離れ、管内作用物質各部の電気化学反応を著しく不均等にし、作用物質各部の反応を能率的に、かつ均等に促進する作用を有しないものであるから、作用物質の利用率が小さく、内部抵抗が大で到底大電流出力を出し得る能力を極板に賦与せしめることは不可能である。

本発明の楕円形或は長方形類似の多孔性チユーブは、硝子繊維に合成樹脂を含浸し、チユーブ壁が約六〇%の多孔度を有する如く整形固化して、作用物質の膨脹収縮によるチユーブの膨出を可及的に抑制するように構成し、かつ複数の隆起襞を有する扁平状格子芯金を、チユーブ内壁にその隆起襞が均等に接近して分布するように配置して、(一)において述べたような作用効果を賦与せしめたもので、第一引用例とは明らかに作用、効果及び着想において相違している。

(三)、第二引用例と本発明との比較対照について、引用例のグリツトが隆起襞により適当の強度を保ち、かつ電気接触を良好にする効果を有していることを考えれば、本発明の(2)の思想は、右引用例に明確に表示してあるとの審決の認定は、蓄電池における技術的特性を無視した形式一辺の見解にすぎない。

第二引用例は、グリツドに作用物質を保持するのに役立つように、二列の小窓と中央及び両側に桟を設け、この桟の間にペースト状の作用物質を練塗した後、これにゴムテープを捲き付けて作用物質の脱落を防止するようにしたペースト式極板であり、本発明のものは、複数の縦方向の隆起襞を設けた格子芯金に楕円形又は長方形類似の多孔性チユーブを嵌め、格子芯金とチユーブの間隙に、粉末状の作用物質を充填したクラツド式極板である。グラツド式極板は、格子芯金にチユーブを嵌め、これを振動充填機にかけて振動を与えながら、粉末状の作用物質を充填するものであるから、格子芯金はこの振動のため往々にして折損或は彎曲変形して作用物質の充填操作を困難ならしめ、また極板の性能を減退せしめる等の好ましからぬ影響を与えるものである。本発明は、扁平状格子芯金に複数の縦方向の隆起襞を設け、機械的強度を増大して、作用物質の充填作業に伴う格子芯金の折損或は彎曲変形を有効に防止したものであるから、両者は着想及び作用効果において著しく相違している。

また第二引用例はグリツドに設けた桟がゴムテープの捲き枠として作用し、作用物質と電解液の接触面積を、桟の先端部及び両側の桟の外側面を除いた部分すなわちグリツドの中央桟と両側の桟の間の小部分に限定し、電気化学反応に与る作用物質の表面積をそれだけ減少せしめているから、楕円形又は長方形類似の多孔性チユーブ内の作用物質の全表面を均等にしかも能率的に電気化学反応を促進するという本発明の作用効果を第二引用例は有しないものである。

およそ蓄電池において優れた性能を極板に賦与するためには、作用物質と電解液の接触面積を大ならしめること、格子芯金と作用物質間の接触抵抗を小さくして、極板の内部抵抗を可及的に僅少にすること、作用物質の電気化学反応を能率的に促進することの三点が、重要な技術的条件であり、これらを実際の極板に如何に具体化するかについて、幾多の技術的な改良及び着想が生れる。本発明はこれら三の技術的条件を巧みに結合し、具体的な着想として蓄電池極板の性能を著しく向上せしめたもので、引用例の何れとも相違し、かつこれらの公知観念を単に寄せ集めたものではないから、新規の発明を構成する。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び三の事実は、これを認める。

二、同二及び四については次のように述べる。

(一)、本発明が旧特許法第一条の発明に該当しない理由は、審決に詳細に述べたとおりであるが、更に次の事由を補充する。

審決は、本発明が第一及び第二引用例に記載されたものと要旨を等しくする発明であると説示しているものではない。本件出願の発明の思想が第一及び第二引用例に開示されてあるというのである。

本発明の要旨は審決が確認したとおりのものであるが、原告の請求原因二の主張に従つて解説すれば、

(1)について、硝子繊維に合成樹脂を含浸させ、孔率六〇%以上としたフアイバーチユーブが本件出願前国内において周知であることは、昭和二十八年実用新案出願公告第一〇、二二〇号公報及び同第一一、〇三九号公報によつて明白である。チユーブの形状については、第一引用例のものが楕円形類似の扁平管、第二引用例のものが長方形類似であることが注目せられる。なお、審決が右に述べた昭和二十八年実用新案出願公告第一〇、二二〇号及び同第一一、〇三九号公報を提示しなかつた理由は、本件発明の要旨とするところが、特にフアイバーチユーブに制約されるものではないこと及びフアイバーチユーブと本件発明の要旨が、相互に関連性を有しないこと並びにれが本件の出願前国内で公知なことは、フアイバーチユーブの創始者である原告の知悉しているところのものと判断したからである。

(2)(3)(4)について、言葉の上での表現は多岐に亘つているが、これは要するに活物質と電気導体である格子芯金とが抵抗の少い良好な接触を保つこと、及び格子芯金に対し、必要にして、かつ充分な機械的強度を附与することに外ならないものであつて、第二引用例にこの思想を明白に読み取ることができる。

格子芯金にこのような特性の要求されることは、あえて第二引用例にこれを求めるまでもなく、蓄電池製作技術上の慣用の手段である。(乙第四号証及び乙第五号証参照)。

三、本件発明を構成する要旨の第一点は、楕円形成は長方形類似のチユーブを採用することにより、従来の円形チユーブのものより活物質の保有量を大ならしめ、従つて蓄電池の容量を増加させることができるということである。このことは円形チユーブを、楕円形又は長方形類似のチユーブと相対的に比較して判断されるべき事柄であつて、前者が後者より容積の大きいことは、一つの円形を押圧して楕円形又は長方形類似とすれば、その面積の縮少することによつて明らかである。なるほど円形チユーブを含まない空間をも含むような巨大な楕円形又は長方形類似のものが、円形チユーブより容積の大きいことは事実であるが、これは「大きい方が大きい」というだけのことであつて、この当然の事実は、発明の対象として技術的に云々すべき材料にはならない。原告の主張を善意に解釈すれば、これは「空間の利用率がよい」ということを指すものと考えられる。しかし第一引用例のものが楕円形類似の扁平管であることは、「鞘嚢が扁平管状のセルロイド製なる結果アクチブマテリアルの膨張に伴い短径を増加すると共に長径を縮少し、よつて内隙の横断面積を増加する。」との記載によつて明らかである。(第二図の断面図をみれば、長方形類似ともとれる。)また同引用例には、「各極片を密接して配置し得る結果、場所を遺憾なく利用し得る特徴を有す」と記載されており、このことはこの種の形状が空間の利用率のよいことを理解するのに十分である。

移動用ないしは携帯用蓄電池は容積効率を高めること、すなわち一定の容器にできるだけ多量の活物質と雲解液を収容することが要件であつて、現在用いられているこの種の蓄電池には、いずれも無駄な空間のないことはいうまでもない。活物質だけをやたらに多く詰め込んでも、これに見合う電解液の量がなければ、無駄な存在となる。円形チユーブと円形チユーブとの間の僅かな空隙を塞ぐような活物質の配置を行つても、他の部分にそれだけ電解液を収容する空間を必要とするから全体としての容積効率を高めることにはならない。クラツド式蓄電池の利点の一は、活物質と電解液との接触する面積の広いこと、すなわちチユーブとチユーブとの間に電解液の流通する個所があるからであつて、この部分に活物質を詰め込もうとする原告の考えは、それだけクラツド型の利点を自ら減殺することに外ならない。原告は明細書記載の二〇%以上活物質の保有費を増加させるための手段として、円形チユーブを四個結合して長短の比を一対四とした扁平管を提示して説明したが、このような形態は最早クラツド式極板の観念から逸脱するもので、この極限は昭和五年実用新案出願公告第四、〇二八号公報に示すようなボツクス型極板の範疇に移動するものである。

原告の不服とするところは、審決が楕円形又は長方形類似のチユーブが空間利用率のよいことを無視した点にあるかとも考えられる。しかし本件明細書には、これが活物質の保有量を増大させるとのみ記載され、空間利用率については、一言半句も言及していないことから、審決はこれに関する説明を省略しただけのことであつて、蓄電池構成上当然考慮されるべき空間利用率のことは、もちろん念頭においた上で、円形チユーブと楕円形又は長方形類似のチユーブとの容積を比較したものであり、同一量の活物質を保有する場合の両者の作用効果の相違、並びに第一引用例によつて敢えて新規とするに足りない楕円形又は長方形類似のチユーブの有する必然的な効果を指摘したものであるから、原告の非難は当らない。

本発明を構成する要旨の第二点は、芯金に多数の隆起襞を設けることにより、これに所要の機械的強度を与え、かつ作用物質との接触を良好にし、大電流放電に適するようにしたというにある。

芯金(グリツド)は極板の骨格であり、かつ電気を取り出す血管は肉である活物質の内部に広く枝を拡げたものでなければならない。従つてこのグリツドを可及的に太くし、襞を多くして面積を拡げ、かつこれを活物質内に広く行き渡らせることは、その本来の目的からすれば好ましいことは当然であるが、ここには自ら制限が加えられる。それはグリツドが比重の大きい鉛アンチモニー合金であるが故に、これを過大にすれば容量と直接関係のない蓄電池の重量を増加させるばかりでなく、活物質の収容力をそれだけ減殺し、又価格の点から考えても不利であるから、ここに必要にして、かつ十分な鉛量によるグリツド製作の技術が存在し、これは蓄電池製造上の常職である(乙第五号証及び第七号証参照)。由来エボナイトクラツト式極板においては、エボナイト管がある程度の強度を有するから、そのグリツトは、その強度についてあまり要求されない。しかもガラスフアイバークラツド式や、ビニールチユーブクラツド式では、電導体としての役目の外に、それ自体の形を維持し、かつ管体を補強するための強度を必要とする。昭和二十八年実用新案出願公告第一〇、二二〇号及び同第一一、〇三九四号のものが、その中間に数個のコブを有しているのはそのためである。ひるがえつて第二引用例をみるに、そのグリツドの有する隆起襞は適当の強度を与え、電気接触を良好ならしめ、大電流放電に適していることは、その記載事項に徴するまでもなく、図面より一見して容易に理解できることは疑なく、原告の主張するところの、その両端面が活物質との接触にあずからない理由は、管体形成のための別の用途に供されただけのことであつて、その基本理念においては、両者の間に何等異なるところはない。

第四  証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因一及び三の事実は、当事者間に争いがない。

二、その成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許出願公告公報)の記載によれば、原告は本件発明の明細書中「発明の詳細な説明」の項第一文に従来のクラツド式極板は「電気伝導体として働く格子芯金が断面円形でその表面積が比較的小さいため作用物質との接触抵抗が大きく、大電流放電に適さない欠点を有するばかりでなく、芯金の機械的強度が弱いために極板製造時における機械的衝撃により、或いは蓄電池の作動時における作用物質の膨脹、収縮により、彎曲変形をもたらし好ましからざる故障を惹起する原因となる」とし、第二文において「本発明は上記の如き欠陥を改良するため、格子芯金に縦方向の複数の隆起襞を設けて、その実表面積を増大すると共に、機械的強度を強化し、これに断面楕円形或いは長方形類似の多孔性チユーブを嵌挿し、格子芯金と多孔性チユーブとの関隙に作用物質を充填することにより従来のクラツド式極板に見られない著しい新規の効果を賦与したものである。」とし、第三文に本発明の実施例を説明し、(該図面中第二図における4のチユーブの形状は、幾何学上の楕円形又は長方形ではなく、楕円形類似または長方形類似ともいうべきものである。)第四文において、「本発明は以上の如く構成せられたるをもつて、従来の断面円形の格子芯金に比較し、その表面積は二倍以上に増大され、各隆起襞は作用物質内に深く突入してチユーブの内襞附近に達し、作用物質と緊密に接触しているために、その接触抵抗を1/2以下に減少して、作用物質の利用率を著しく高め、かつ芯金に設けられた縦方向の隆起襞によつて。芯金の機械的強度が著しく強化される結果、極板製作時における機械的衝撃、或は蓄電池の作動時における作用物質の膨脹収縮による不均等な圧力に対しても大なる抵抗力を賦与し、彎曲、変形を有効に防止し得る効果を有し」また「従来一般に使用せられている断面真円状の多孔性チユーブを楕円形或は長方形類似となしたため、従来のチユーブを使用した極板に比較してチユーブ内の容積を二〇%以上増大し得られ、従つて極板の作用物質の量を増加して、大容量の極板が得られるに止まらず、一定の極板に要するチユーブの使用数を減少し、極板組立作業能率を高め、かつ生産原価を低下せしめる等実用上極めて有効なる効果を生ずるものである。」とし、最後に「特許請求の範囲」として、本文に詳記し図面に示す如く、作用物質の保護外被に、楕円形或は長方形類似の多孔性チユーブを用い該チユーブ内に作用物質と、作用物質内に深く突入する複数の隆起襞を有する実表面積の大なる格子芯金とを収容することを特徴とするクラツド式極板」と記載していることが認められる。

右明細書における「特許請求の範囲」並びに明細書全文及び図面に徴すれば、原告の本件発明の要旨は、「作用物質の保護外被として楕円形類似或いは長方形類似の多孔性チユーブを用い、該チユーブ内に作用物質と作用物質内に深く突入する複数の隆起襞を有する実表面積の大なる格子芯金とを収容することを特徴とするクラツド式極板」であり、本発明は「クラツド式極板において、作用物質の保護外被として楕円形類似又は長方形類似の多孔性チユーブを用いることによつて、極板の作用物質の量を増加して大容量の極板が得られるに止まらず、チユーブの使用数を減少し得られること、及び複数の隆起襞を有する実表面の大なる格子芯金を楕円形類似或いは長方形類似のチユーブ内壁に均等に接近するよう深く作用物質内に突入せしめることにより、格子芯金の機械的強度を高めると共に、チユーブ内における作用物質各部の電気化学的反応を均等かつ能率的に促がす効果を有するものと認められる。(以上認定のとおり、本件明細書における「楕円形」は幾何学上の楕円形を含まないものと解されるから、本件出願を許可するには、「楕円形類似」と訂正を命ぜられるべきものと思料せられる。

三、一方前記当事者間に争いのない事実とその成立に争いのない乙第一、二号証とによると、審決が引用した第一引用例は、昭和三年二月二十七日に公告された昭和三年実用新案出願公告第一五九九号公報であつて、これには、「作用物質の膨脹収縮による変形によく適応し、強度の充放電に堪えしめる目的をもつて、鞘嚢と名づけられた多数の細孔を有するセルロイド製の扁平な鞘状体内に、作用物質を収容して構成された極片多数を、互に間隔をおいて配列したクラツド式極板を有する蓄電池の構造」が記載され、その第二図には、本件発明における多孔性チユーブの断面同様、楕円形類似ないし長方形類似の形状を有する鞘嚢が記載されており、また第二引用例は、大正十四年四月二十日大阪府立図書館に受け入れられたペースト式蓄電池極板に関する米国特許第一、三六三、七二九号の明細書であつて、これには格子の芯骨に複数の隆起襞を設けて強靱ならしめたものが記載されていることが認められ。

四、よつて以上に認定したところに従い、本件出願の発明と、引用例とを比較するに、第一引用例にはクラツド式極板において、楕円形類似ないしは長方形類似の多孔性チユーブが示されている点において、本件発明のものと一致するが、該引用例に示されたものは、各鞘嚢が互に間隔をおいて配置されているものであるから、本件発明が所期する「極板の作用物質の量を増加して大容量の極板が得られるとともに、チユーブの使用数減少を図ろうとする構想」は、全然表現していないのはもとより、暗示しているものとも解されない。

また第二引用例における格子の芯骨に複数の隆起襞を設けて強靱ならしめようとしている点は、本件発明における格子芯金が複数の隆起襞を有し、芯金の機械的強度を強化している点においては一致するが、楕円形類似のチユーブを設けたことと相俟つてチユーブ内における作用物質各部の電気化学的反応を均等かつ能率的にする点には何等言及していない。

なるほど本件発明の構成する要素であるチユーブの形状と格子芯金の襞とは、これを個々にみれば、右引用例に記載され必ずしも新規とはいい得ないであらうけれども、本件発明はクラツド式極板において、従来の断面円形のチユーブよりも極板の作用物質を多くするために、チユーブの形状を楕円形類似としたことと、これに配する格子芯金に作用物質内に深く突入する複数の隆起襞を設けたこととを組み合せることによつて、先に認定したような効果を生ぜしめた点にその特徴があるものというべく、かかる構想は、単に引用二例が存することから当事者が容易に実施し得る程度のものとは到底解されない。

五、被告代理人は、審決の記載を受けてクラツド式極板において、作用物質の利用率を高めるためには、これを薄く広く配置する方が厚く狭くするよりも有効であり、また作用物質と格子芯金とが抵抗の少ない良好な接触を保つこと及び格子芯金に対し必要にしてかつ十分な機械的強度を附与することがよい等のことは、蓄電池工学の常識であると主張するが、かかる要請を一個の極板においていかに技術的に具体化するかに発明が存在するものと解せられるところ、本件発明が示したところの解決は、審決が引用した文献によつては、容易に実施し難いものと解せられることは前述のとおりであり、他に被告の提出にかかる証拠によつても、原告の本件特許出願前国内にこの技術的解決が知られていたことを認めしめるに足りないものであるから、原告の本件発明は、旧特許法第一条にいう新規な工業的発明を構成するに足りるものといわなければならない。

六、以上の理由により、これと反対の見解を示した審決は違法で取り消すべきものとする原告の本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。(裁判長裁判官原増司 裁判官山下朝一 谷口茂栄)

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